6月23日(火)、豊橋・学校いのちの日に合わせ、リモートで校長先生のお話を聴きました。
「許す」をテーマとして、私の体験談を話します。今も一緒に遊んでいる友人の話をしたいと思います。小さな学区で育った私は、そいつとは、保育園のころから会えば取っ組み合いのけんかを毎日のようにして、泣かせたり、時には泣かされたりしているような間柄でした。どうしても仲良くできない、絶対に「許せない」、いわゆる犬猿の仲というやつでした。小学校高学年にもなると、話しかけることも話しかけられることもほとんどなかったんじゃないかなと記憶しています。
中学生になり、はじめて同じクラスになりました。すると、「妙に距離が近いな」と感じることが増えてきました。部活が同じになりました。オリエンテーション合宿で同じ班になろうとしてきました。勉強とは全く無縁のやつだったはずですが、授業中に発言がしたいようで、何度も小声で「この答ってこれでいいだよね」と聞いてきました。
始めは面倒くさそうに対応してやっていましたが、話をしよう、仲良くしようと必死になっている姿が、また、何だかんだと話す時間が増えたことが、私の中にあったわだかまりを少しずつ溶かしていきました。そして、いつの間にか、外から見ればいわゆる仲の良い間柄になっていきました。これまで、ずっと「許せない」やつだったけれど、「仕方ない、許してやろう」と心に区切りをつけ、今に至っているわけです。
さて、それから10年ほどたち、大人になって、彼の結婚式に招待されました。友人代表としてのスピーチを頼まれ、どんなエピソードを話してやろうかと改めて過去を振り返っていたときのことです。『これまで、自分が「許してあげた」から今の状態があると自分本位で考えていたけれど、実は「許してもらっていた」のではないか?彼は私よりもずっとずっと前に私のことを「許してくれていた」のではないか・・・?』ということに初めて思い至ったのです。恥ずかしいやら、申し訳ないやら、情けない気持ちになったのを、今でも鮮明に思い出せます。
そこから学んだことがあります。それは、「許す」という行為は、弱い人間にはできないということ。勇気があって、相手を思いやることができる強い人間だからできることなんだということです。
自分を含め、何かを大切にするということは、人として生きていくうえで、すべてにつながってくることだと思います。
みなさん、優しく、強い人になってくださいね。